E751系は、常磐線特急用E653系 交直流特急電車を、 交流専用車にしたものと考えて良いでしょう。 2000年3月、盛岡 - 青森間の特急「スーパーはつかり」 としてデビューしました。 本州最北の地を走るわけですから、 扉部分の機密性をUPし、 E653系より強化された暖房機能を有しています。 (なお2006〜07年にかけ 全編成に足回りの耐寒強化改造が施工されています。) 制御方式はIGBT素子による 3レベルPWMコンバータ・インバータ制御。 主電動機・電動車ユニットなどの構成はE653系と共通で、 性能面でもE653系とほぼ同じです。 1999年から2000年にかけて 近畿車輛・東急車輛製造で 6連×3本=18両が製造されました。 2002年12月の東北新幹線 八戸延伸開業以降は、 特急「つがる」として、 八戸以北で使用されることになります。 さてその際485系が、青函トンネルを通り、 八戸-青森-函館の「白鳥」に転用されたのに対し E751系は青森止まりでした。 当時海峡線内で使用されていた保安装置(ATC-L型)を 搭載してなかったためだそうですが、 準備工事は施されているのです。 JR北海道ではこのとき 789系「スーパー白鳥」をデビューさせているのですから、 JR東日本でも、 最新のE751系をここで投入するのが自然と思われます。 なぜ、これを機にE751系にATC−Lを搭載、 函館乗り入れをしなかったのでしょう? 加えてE751系の数が(6連×3本=18両)と あまりに少ないのも不思議ですね。 ここに至るまでの経緯を振り返ってみます。 JR北海道が1988年3月の海峡線開業にあたり用意したのは、 寝台列車を除くと快速列車の「海峡」号でした。 これは客車列車です。 50系、51系客車の改造車で電車ではありません。 特急は…と言うと「はつかり」です。 「はつかり」はもともと上野と青森を結ぶ特急列車です。 東北新幹線が盛岡まで開業した際に 盛岡-青森間の特急列車に改められました。 これを函館まで延長運転させるわけですから、 当然、JR東日本が運行することになります。 「はつかり」に充当されたのは 青森区の485系1000番台。 うち6連×6本(+増結用MMユニット×6)=48両に、 海峡線乗り入れ改造が施されました。 のちに3000番台も加わり、 海峡線の特急は JR東日本が一手に引き受けていたのです。 JR北海道としては 悔しい思いがあったに違いありません。 この体制が十数年続いたのちの2000年3月。 JR東日本は、盛岡 - 青森間に 特急「スーパーはつかり」をデビューさせることになります。 これにE751系が充てられるのです。 うーむ。「スーパー」というわりには 函館まで運行してないのですね。 意外な気がします。 さすれば6連×3本でやりくりできたのも納得できます。 要は、大量導入してまだまだ働ける485系を 淘汰するには時期尚早だったということでしょう。 そしてその2年後の新幹線八戸延伸開業です。 JR北海道では快速「海峡」を全廃する代わりに 特急「スーパー白鳥」をデビューさせます。 青函連絡船に比べ、 はるかに時間短縮となった海峡線ですが、 すべて特急というのは利用者にとっては負担増です。 でも北海道新幹線の開業も見据えた時、 JR北海道は、 海峡線での大幅増収を図らざるをえなかったのです。 JR東日本はというと、 この時「はつかり」を改め、「白鳥」としました。 ならばここで、JR東日本でも 「スーパー白鳥」をE751系で導入したいところです。 しかし、JR北海道は、 これを機に虎の子の新車789系を 40両導入しているのです。 フラッグシップは譲れない。 結局、このことで E751系が不遇を託つことになるのです。 東北新幹線が新青森までの全線開業した2010年12月以降、 「白鳥」と「スーパー白鳥」は 運転区間を「新青森-函館」に短縮、 特急「つがる」は青森 - 秋田間の運転 「485系(3連:かもしか編成)」となり、 E751系は、一旦運用を離脱、 2011年4月以降、4両編成に短縮した上で 再度「つがる」に使用されることになりました。 編成から外れた0番台のMMユニット6両は 増結用として残されましたが、 2015年11月。あわれ廃車となりました。 わずか15年で廃車。 国鉄時代にデビューした185系が、 2019年の今もなお 特急として活躍していることを思えば、 どうにかならなかったか。と思ってしまいます。 もう少し数が揃っていて、 かつ交直流電車であれば、「いなほ」として転用…。 いや、185系を置き換えることもできたかもしれません。 だとすれば、最初から E653系で増備すべきだったのかもしれませんね。 でも、それではJR北海道に プレッシャーを与えることはできなかった。 というのは考えすぎでしょうか。
参考文献(鉄道ピクトリアル 2000年10月号 #692, 「鉄道車両年鑑」P32〜34) |
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