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J鉄局の珍車ギャラリー

湘南モノレール 400形

ギャラリー

「都市交通の担い手として…」
  湘南モノレール 400形

鎌倉市の大船駅から藤沢市の湘南江の島駅までの
6.6kmを結ぶ湘南モノレールは
1970年に開業しました。

さて、湘南モノレールが開業したその当時、
路面電車に代わる都市交通機関として
モノレールが注目されていました。
もちろん地下鉄という手がありますが、
この建設には莫大な費用がかかります。
対してモノレールなら、すでに市街地が形成され
軌道用地の確保が困難な都市においても、
渋滞知らずの高架軌道を敷地面積が狭くても建設できます。
既設の道路上や河川の上などにあわせた
ルートをとらざるを得ない場合もあるでしょう。
でもモノレールなら、曲線半径の小さい急カーブでも、
急勾配でも走行が可能です。
ルート設定の自由度も高いのです。
またゴムタイヤを使用することで、
騒音が少ないというのも大きなメリットです。

しかし、一方モノレールには短所も多いのです。
まずは車体です。
1本の軌道桁(つまりは、モノ レール)上で走行するため、
安定性に難があります。
よって台車には走行車輪の他に案内車輪や安定車輪が必要です。
またゴムタイヤを使用するので
抵抗は鉄車輪よりも大きくなります。
そのため動力費がかさみますし、
鉄車輪よりも磨耗が早いので交換間隔が短く、
稼働率が下がり、維持費もUPします。
また構造物に負担をかけないためにも車体は軽い方が良いので、
モノレールの車体は大抵アルミ製です。
このこともコストを引き上げます。
そのくせ車両の収容力は普通鉄道より小さいのです。

つぎに施設です。
一般の鉄道において分岐器(ポイント)は、
数cm レールを移動させるだけですみますが、
モノレールでは重い軌道桁を移動させるしかありません。
ここが開発者の「知恵の見せ所」なのですが、
構造が複雑で多数の方法が乱立することになります。

そんなわけで一般の鉄道では、
多少の改造で車輌の譲渡が可能な場合が多いのですが
モノレールでは、このように設備上の互換性がないので
車両の流動性がほとんどありません。

しかし、車両メーカーにとって、
これはメリットでもあります。
一旦、自社の方式が採用されれば、
以後よほどのことがない限り、
他社にとって変わられることはないのです。
半永久的に自社製品を納入することになるでしょう。

湘南モノレールが開業する以前、
複数の規格が各地で試験されていました。、
日立製作所が主導権を握る
跨座形(アルウェーグ式)モノレールは、
まず、1957年に名鉄モンキーパーク線で運行実績を重ね、
1964年、東京モノレール羽田線の開業にこぎ着けました。
本格的な都市交通(跨座式)モノレールとして、
世界初となるものです。

三菱重工業も負けてはいられません。
懸垂形(サフェージュ式)モノレールの
本格導入・拡販を目指すため、
三菱はまず1964年に
名古屋市の東山動物園内に試験線(74年廃止)を設置しました。
ここで得られたデータをもとに、
湘南モノレールは建設されています。
あえて過酷な条件の地形に挑むように建設されているのです。
急カーブを曲がり、
一般の鉄道ではあり得ないような急坂を駆け上がり、駆け下り。
そして、狭いトンネルに突入してゆくその様は
跨座式に対する懸垂式の優位性を見せつけているかのようです。

しかしながら、かく言う私は、
懸垂式にあまり魅力を感じませんでした。
跨座式ならば、軌道は車体の床下ということになりますが、
懸垂式ならば、少なくともその5m以上、
上にまで設置することになります。
跨座式よりもはるかに巨大な構造物が並び立つわけです。
街の景観に馴染むとは思えません。
加えて輸送力をUPしようと思えば、
より巨大なものとなります。
建設コストもかかるに違いありません。

そんな先入観を打ち消さなければ、
懸垂式は採用されないでしょう。

湘南モノレールは全線単線にすることで
建設コストを抑えています。
また鉄製の軌道桁ですので、スパンを長くできることや、
工場で可動部分(分岐器など)を
あらかじめこしらえておくことで、
現場での作業工程を減らし、
短期間で設置できることもメリットです。

湘南モノレールは片瀬海岸・江の島を始めとする
観光地へのアクセス需要を見込んで
建設された観光路線というイメージですが、
実態はというと、とりわけ朝夕のラッシュが激しく、
これはもう通勤路線といっていいものです。
江ノ島といえば観光客の足として
おなじみの「江ノ電」がありますが、
これとは趣を異にしています。
駅数は全部で8駅。
途中、富士見町・湘南深沢・西鎌倉・目白山下の各駅で
行き違いができるのですが、
これらすべての交換可能駅で列車交換が行われる
「ネットダイヤ」が組まれています。
このことで湘南モノレールでは、
単線ながら、早朝と夜間をのぞいて
7.5分間隔の高頻度運転が行われています。
モノレール用の分岐器を常時作動させる
実用性も実証するとともに、
輸送力もあるのだということをアピールしているのです。

当然、これ以上運転間隔を短くすることはできません。
開業時、製作された300形は2連だったのですが、
利用客をさばききれなくなり、
1975年には中間車320形を増備し、
6編成中2編成が3連となりました。
増結することで輸送力もあることも示しています。

このように最小限の設備投資でも
これだけの輸送力を確保できるという
経済性を示すことが、湘南モノレールの使命だったのです。

そんな流れの中、400形は、80年に2連で製造されました。
1986年には、中間車421号車が増結されました。
モータは装備されていません。
湘南モノレール唯一の付随車です。
300形のモータが55kwだったのに対し
70kwに出力UPされていたのは、
増結を前提としていたからです。

ただ、強力なモータには弱点もあります。
勾配を登る際に空転が発生してしまったのです。結果、
その後増備される500形のモータは55kwに戻されています。
500形の中間車には電動車が採用されることになるので、
負のデータを申し送ったことになるのでしょう。

400形の弱点といえば、
冷房装置が搭載されなかったこともそうです。
かなりの重量を伴う冷房装置は
それでなくても天井部分のスペースが限られる懸垂式にとって、
セールスポイントとするには難しい点が多くあったのでしょう。
そういえば登場時、台車部・車載機器類を覆うカバーが
天井に装着されていました。
騒音対策です。
静かな都市環境に配慮した車両を
アピールするためだったそうですが、
クーラーまであるのだということを
あえて見せつけて欲しかった気がします。
ですが、軽量小型の冷房装置は
間に合わなかったと言うことでしょう。
                     
1編成しか製作されなかった400形は、
試作車として多くの課題を提供したことになります。
これらをふまえて、
88年から500形が量産されることになるのですが、
400形は結果として走行性能も違えば、
車内設備もクーラーなしということで、
足並みを乱す元となってしまった感は否めません。
末期は予備車的な扱いとなり
営業運転にはあまり充当されなかったようです。
86年の3連化時点で
500形に合わせた量産化改造ができたなら、
彼はもっと活躍できたように思います。

しかし彼がいたからこそ、
次世代のサフェージュ式(懸垂式)モノレールの
あるべき姿が、見えてきたのではないかとも思います。

88年に開業した千葉都市モノレールには、
サフェージュ式が導入されました。
80年に登場した400形が示したその先に
千葉都市モノレール1000形がいます。

−鉄道車両写真集−
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 300形

千葉都市モノレール 1000形 
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