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J鉄局の珍車ギャラリー

JR西日本 キヤ143形 

ギャラリー

「働き方改革」
−JR西日本 キヤ143 除雪用気動車−

かつて大雪でえらい目にあったことがあります。
バイクで通勤していた時のことです。
バイクは雪に弱い。
うっすらとした積雪だったのにもかかわらず、
転倒。肋骨を折るケガをしてしまいました。
これに懲りた私は大雪のある日。
いつもより2時間以上早く家を出て、
路線バスに乗り込みました。
当然ノロノロ運転。
いつもより倍近い時間をかけて
JR.茨木駅に到着しました。
対して電車です。当然遅れてはいましたが、
遅れながらも次々来るので、特に問題もなく、
隣駅である千里丘に到着しました。

というわけで…。鉄道というものは、
他の交通手段と比べれば
雪に強いといえるのではないでしょうか。
前述のJR.にしても列車ダイヤは無茶苦茶でしたが、
都市部では高頻度に列車が運転されているので、
結構何とかなるようです。
もちろん限度はありますし、
駅のポイントの除雪や電車のパンタへの着雪など
人の力で凌がなければならないものも多々あります。

一方、地方ではどうでしょう。
列車も少なけりゃあ。人手もそうそう動員できない。
しかし国鉄時代はローカル線であっても
鉄道は地域の人々にとっての生命線でした。
除雪作業にかける意気込みは当然違います。
昼夜兼行で作業は続けられました。
JR.となって以後も、
各社は国鉄の遺産であるDE15形など
除雪対応車両で鉄路を守ってきました。
とはいえJR.となって実感できることの一つは、
災害などで寸断された鉄路の復旧に際して、
相当の期間がかかるようになってしまったことです。
輸送の主役が自動車に置き換わり、
道路も整備されてきたとなっては
致し方ないことかもしれません。
かといって簡単に運休してしまえば、
乗客の鉄道離れが加速してしまいます。
そんなジレンマが今のローカル線にあります。

新幹線や高速道路なら、
長大トンネルをぶち抜くという力業(ワザ)で
雪の難所を回避することもできるでしょう。
しかし在来線ではそうもゆきません。
雪と一口に言っても、

その有様は一様ではないのです。
ふわーっと払いのけることのできる雪もあれば、
湿気を含んだ重ーい雪もあります。
また、どういうわけか、雪が多く降り積もる
吹きだまりのようなところもあります。
どの区間を優先し、どのタイミングで、
どのような除雪作業をするかは、
長年にわたって蓄積された経験がものをいうのです。
DE15形およびそのラッセルヘッドにも
そんなノウハウが詰め込まれています。
しかし彼らもそろそろ引退の時期を迎えています。

そんなDE15の後継として
開発された車輛がキヤ143です。

キヤ…ですから気動車ですね。

なぜ機関車ではないのでしょう。

気動車とは、その黎明期はさておき、
エンジンを床下への設置し動力を
各車に分散させたものと考えていいでしょう。
ところが、キヤ143のエンジンは、
床の上、車体内部に設置されています。
つまり機関車と同じです。
キヤ143は、用途も車体構造も機関車であるのに、
形式は気動車という珍車なのです。

もっともエンジンは
キハ189系と同じものが使用されており、
マスコン・ブレーキなど 運転機器も
気動車と同じようになってはいます。

うーむ、機関車と気動車との違いはなんなのか?

その答えは、運転室を見ればわかります。
気動車も電車もブレーキレバーは一つです。
(駐車ブレーキは除く)
しかし、機関車は
DLであれ、ELであれ、SLであっても、
二つあります。すなわち
牽引する立場である自車を制動するブレーキと、
牽引される車両を制動するブレーキです。
(例外:B20形蒸気機関車)

ではなぜ、機関車は
ブレーキシステムを二つ持っているのでしょう。

そもそも、客車は(貨車も)
コントロールされることはあっても、
自ら動き出すなどということは
あってはならないことです。
連結された機関車はまず、
列車へBP管経由でエアーを送り込み、
各車両に備え付けられた元空気だめに
十分なエアーを充填します。
そうすることで、初めてブレーキシューが解放され、
走行が可能になるのです。
ブレーキを懸けるときはというと、逆です。
BP管からエアーを抜くことでブレーキがかかります。
機関士は、BP管の圧力を加減することで
ブレーキ力をコントロールするのですが、
機関車から切り離されている状態、−−つまり、
解放時、圧力が0なら自動的にブレーキがかかる
仕組みになっているのです。
よってこれを自動ブレーキといいます。

機関車自体はというと、この逆です。
BP管にエアーを送り込むことによって
ブレーキがかかります。
これを直通ブレーキといいます。

よって長大編成になればなるほど、列車の
自動ブレーキと機関車の直通ブレーキの
利きの違いは大きくなってゆきます。
また、動力をもたない列車は、
いつも素直に動いてくれるとは限りません。
時には、足を引っ張り、
時には、機関車を突き上げてくることもあるのです。
上手な機関士さんは、
最後尾の車両にまで神経を行き届かせ、
編成全体の連結器がすべて、
引き延ばされた状態で停車させるというのですが、
これがいかに困難な技であるか。
想像に難くないところです。
システムがいかに進歩しようが、
この二つを使い分け、
ブレンドしながら制動するということは
気動車とは別次元のものです。
機関士さんは相当のプレッシャーを感じて
運転されていたのだと思われます。

ですから、
機関車と気動車とでは免許証が違うのは当然です。
今あるDE15の代わりに機関車を製造するとなると
新たに機関士も養成しなければなりません。

ところが、現在
JR.西日本に所属する客車はというと
イベント用車両がわずかに残っているだけです。
新米の機関士さんは、
列車を牽引する経験を積むことなく、
乗務しなければならないということになりますね。
これは胃が痛いだろうなあと思いやられます。

そうだ。
JR.貨物は機関車が主ですので
除雪を委託するのもアリかもしれません。
しかし今やJR.貨物の走る路線の方が
限られている感すらあります。
まして日本海沿いをはじめとした降雪地帯、
とりわけJR.西日本管内では
貨物列車の空白地帯が大半をしめ、
かつ その多くが非電化路線です。やはり
自社の路線は
自前で確保するのがスジというものですね。

キヤ143は、DE15もそうですが、
自車のみでもって除雪にあたります。
パワーアップさせた気動車に
除雪をさせるのは好判断といえましょう。
これなら、
新たに機関士も養成する必要はありません。
最近のディーゼルエンジンは小型化されたものの
強力なパワーを叩き出します。
これを二発も搭載すれば
気動車だって結構なパワーです。
キヤ143では
SA6D140HE-2(450 ps)を2台搭載しています。
(国鉄時代の急行用気動車キハ58形は170ps×2)
対してDE15は
DML61系(1,000PS級V型12気筒)を1基搭載。

DE15では、単線区間用と複線区間用で
別々のラッセルヘッドを用意していましたが、
キヤ143ではラッセル翼を可変翼とし、
単線区間と複線区間の両方に対応できます。
除雪能力は最大で1時間当たり10万立方メートル、
最大除雪幅は4,500mmです。
ちなみにキヤ143の 最高運転速度は75 km/h、
最高設計速度は80 km/hで、
35パーミルの勾配であっても
150トンを牽引して起動可能です。
重連またはプッシュプルなら
300トンまで牽引可能となります。
また除雪する際、車体には相応の負荷がかかるため、
台枠には鋼製厚板を採用し、
堅牢な構造としています。
ヤワな能力ではないとお考えください。

キヤ143はDE15の後継機として
開発された車輛と申し上げました。
さすればDE15のように
ラッセルヘッドを取り外して列車を牽引する。
つまり
機関車本来の業務にも対応しなくてはなりません。
もっともキヤ143が登場した時点で、
JR.西日本に所属する客車はというと
前述したように国鉄時代に製作された
イベント用車両がわずかに残っているだけで、
これらは、DE15などの国鉄形機関車と
運命をともにすることとなるでしょうから、
貨車列車を牽引することのないキヤ143は問題なし。
といいたいところでしたが、
2017年、JR.西日本はSLやまぐち号の後継車として
35系客車を製造することになります。
これを回送するための牽引車はどうするのか。
これもキヤ143の仕事です。
キヤ143を2両連結したり、あるいは
他の列車を挟み込んでプッシュプルで運転することも
できるようになっています。
当然、35系客車は
キヤ143形による牽引に対応するため、
ブレーキシステムに工夫が凝らされています。
この仕組みについては、35系客車を
ご紹介するときのおたのしみにしておきます。


前述しました大雪のお話には続きがあります。
大変だったのはJR.を下車してからの路線バスです。
10分おきぐらいにバスは来るはずなのに、
とんとやって来ない。
長蛇の列の後方では屋根もなく、
しんしんと雪が頭に降り積もります。
やっとの事で乗車しても超満員。
この時点で遅刻は確定。
おまけに大渋滞。
普段なら20分程度で目的地ですが、
この日は2時間たっても
その半分ほども進んでいません。
幸い30分ほどで座れはしたのですが、
トイレに行きたくてしようがない。
挙げ句の果て、バスは
モノレール南摂津で運行を取りやめてしまいました。
勤務地にたどり着けなかった悔しさより、
南摂津駅でトイレに行けたことが
むしろありがたかったという記憶があります。
運転手さんもきっと
同様の思いをされていたと思います。

さて機関車になかったといえばトイレですね。
列車ダイヤどおり運行されていれば、
まず問題はないと思いますが、
このように大雪などのトラブルに巻き込まれれば、
長時間トイレにいけないということも…。
男なら ちょっと失礼 とチャックを下ろし
線路脇に向かって
黄色い弧を描くこともあったでしょう。
しかしもはや運転手は男に限ったものではありません。
まして大きい方となれば笑い話で済まされません。
垂れ流しが当たり前だった国鉄時代とは
話が違うのです。
気動車の車体構造は基本客車ですから、
トイレの設定も標準仕様です。
夏期での使用も考えて冷房もついています
従業員の作業環境を整えるのも今なら当たり前。
気動車の車体には
「働き方改革」も詰め込まれているのです。


参考文献:鉄道ピクトリアル #814
特集「除雪車両」2009.2
−鉄道車両写真集−
国鉄 除雪用ディーゼル機関車DD15  DE15  DD14  DD17  DD53


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