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*大正9年、尾小屋鉱山の銅を運ぶ鉱山鉄道として全通した尾小屋鉄道。当時は横山鉱業部鉄道と称されていました。横山鉱業部とは”北陸の鉱山王” 横山隆興、隆平兄弟の名を冠した明治37年設立の鉱業会社で 過去、石川県で最大の地元資本でもありました。 なにせ、開業当時、銅の年間生産高は2000tを超え、尾小屋の町の人口も5000人を超えていたそうです。 しかし開業と同じ大正9年そして11年、昭和6年と労働争議が起こり、 横山家の支配にかげりがみられるようになります。 一方、横山鉱業部は、第一次世界大戦の不況の波をまともに受けて経営が悪化、 昭和の大恐慌のなかで、横山家は、昭和11年、ついに日本鉱業に山を売ることになるのです。 (横山鉱業部鉄道は、すでに昭和4年、尾小屋鉄道に改称) 以後、日本鉱業の専用線とも言うべき路線となった尾小屋鉄道ですが、 昭和37年の閉山をうけ、尾小屋鉄道は名鉄系列となり、苦しいながらも、地元の足として走りつづけます。 昭和52年3月19日を最後に営業を廃止するまで15年間、 老朽化した施設を維持し、よく走り続けてこられたものだと思いました。 そして、現在、尾小屋鉄道の車輛の多くが動態保存されています。 石川県立小松児童会館(JR粟津から徒歩7分)では「なかよし鉄道」として、 一般にも開放され、定期的に運転されているそうなので、訪ねてみたいものだと思っています。 参考文献;「石川県の歴史散歩」ほか |
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